落ちていたのはお姉さん 1

 半助は忍術学園への道を急いでいた。
 今日から新学期が始まるのだが、出掛けに隣のおばちゃんに捕まってしまった。ドブ掃除や井戸ざらいのことで文句を言われ、謝ったり誤魔化したりしているうちにすっかり時間を取られてしまったのだった。
 先に出たきり丸は、乱太郎たちと待ち合わせをしていたはずだが、無事に学園に着いただろうか。そう考えていると、間抜けな足音が聞こえてきた。
「しんべヱ」
 涙と鼻水を垂らしたしんべヱが道端に立っている。
「土井先生~」
「まだ登校してなかったのか。乱太郎ときり丸はどうしたんだ?」
「そ、それが、大変なんですう」
「何があったんだ」
 と訊きながら、半助がしんべヱの洟を拭いていると、草むらが揺れた。
「おーい、しんべヱーどこ行ったんだよ」
 飛び出してきたのはきり丸だった。
「あっ、土井先生」
「何をやってるんだ! 遅刻だぞっ! まさかまたタケノコ堀りでもしてたんじゃないだろうなぁ!」
「やだなぁ、違いますよー山菜取りです」
「大して変わらんっ! 寄り道せずに登校しろと、あれほど言っただろうが!」
 きり丸の頭に拳骨を一つ落とす。ちょっと目を離すとすぐにこれだ。
「そんなことより乱太郎はどこだ。一緒じゃないのか?」
「ここですー」
 乱太郎の先がした方に目をやると、大きな岩が見えた。
「あの裏です」
 きり丸が指をさすのを横目で見ながら、半助は草むらをかき分けて山へと入っていく。
「何をしているんだ、さっさと学園に……」
 ひょい、と岩の陰から顔を出して、半助は驚いた。乱太郎の隣には若い娘が倒れていたのだ。
「しんべヱが言っていたのはこのことか」
「はい」
「山菜でも生えてないかなーと思って山に入ったら、岩の陰にお姉さんが倒れてたんです」
「応急手当はしました」
 と、困り果てた様子で乱太郎が言った。
「乱太郎は保健委員だもんね」
「声を掛けても目を覚まさなくって。ぼくたちだけでは運べないので、土井先生がいらっしゃるのを待っていたんです」
 半助は頷いて、倒れている娘の様子を見る。
「ひどいな……傷だらけだ」
 顔と手足は擦り傷と内出血だらけだった。泥にまみれた派手な色の服は所々破れ、そこにはやはり擦り傷が見えた。
「ここから転げ落ちたんだろうな」
 半助が目をやった先は、なだらかな崖といっていいような急斜面になっている。ここを転がり落ちて、大岩に衝突したのだとすれば、服に隠れている部分も打撲だらけだろう。
 しかしこの娘は何者だろうか。
 半助は首を捻った。風変わりな格好に、裸足である。泥は多少付いているが、汚れ方からして歩いていた様子はまるでない。
「先生、どうしましょう?」
 乱太郎の声に半助は慌てて顔を上げた。
「どうもこうも、とりあえず学園に連れていくしかないだろう」
 それまでぴくりとも動かなかった娘の目がゆっくりと開いたことに、きり丸がいち早く気が付いた。
「あっ、目を覚ましたぜ」
「よかったー」
 乱太郎が安堵の声を上げる。
「おねーさん、大丈夫ですかぁ?」
 しんべヱが声を掛けると、奇妙な服装の娘は身じろぎして呻き声を上げた。
「ああっ。お姉さん、無理はなさらない方がいいですよ」
「何があったんすか?」
 娘は子供たちの声には答えず、不安そうな表情を浮かべて瞬きをしている。
「おまえたちは先に登校しなさい。このままだと完全に遅刻だ。乱太郎は新野先生に怪我人のことを伝えてくれ。きり丸は学園長先生に、しんべヱは山田先生に私が遅れることと怪我人についての連絡を頼む。急ぐんだぞ」
「はーい」

 三人の後ろ姿を見送ってから、半助は娘に声を掛けた。
「起きられますか?」
 まだ朦朧としているのか、娘は苦しそうに呼吸を繰り返すだけで、半助の言葉にはうんともすんとも言わない。
「起こしますよ」
 言いながら、娘の首の後ろに手を差し入れた。支えるために触れた彼女の肩は冷えきっていた。
「ゆっくり……」
 娘は体を起こしながら、何度も小さく呻いては顔を歪ませた。ようやく身を起こした彼女を半助は大岩に凭れ掛からせた。
「どうして、こんなところで倒れていたんです?」
 擦り傷と痣だらけの顔をのぞき込むと、娘は虚ろな表情で半助を見返した。
「言葉は分かりますか?」
 半助が優しく問うと、娘はこくこくと頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「よく、分からなくて……どうして……ここにいるのか」
「道に迷ったのですか?」
「……そう、じゃ……なくて……」
 おどおどした口調でそう言うと、娘は下を向いて口を噤んだ。
 これでは埒が明かない。
「とにかく、一緒に来てください。手当をしましょう……少し痛むと思いますが、我慢してください」
 そう言って、半助は娘を抱き上げた。
「じ、自分で……歩けます」
「いいですよ。この方が早いですから」
 起きあがるだけでもあの調子だったのだから、この娘に自力で歩かせたら学園に着く前に日が暮れてしまう。
 新学期早々、厄介な拾いものをしてしまった。
 内心では大きな溜息を吐きながら、半助は草むらを突っ切った。