片想い

「ありがとう、来てくれて」
「いえ」
 彼女が茶屋に姿を見せてくれたことにほっとした。秋休みに一度会ったきり、冬休みに入って12日目の今日まで顔を見ることもできなかったのだから、来てくれないかもしれないと思っていたのだ。
「寒い中、呼び出して申し訳ない」
「平気です。すぐ近くだから」
 にこり、と微笑んでそう言う彼女が、どこか素っ気ないようで寂しくなった。もしかしたら会いたいと思っていたのは自分だけなのかもしれない。これではまるで片想いのようだ。
 わだかまりを飲み込むように、茶を流し込む。
 雑談しているうちに、彼が風邪をひいて1週間ほど寝込んだ際の話になった。
「食堂のおばちゃんが留守で、代わりの方はいたんだがその人の料理はちょっとあれで……保健委員の薬膳料理もどうにも怪しくて」
「半助さん、寝込んでる間は何も食べなかったんですか」
「いや、出されたものは一応食べたが……事務員さんが作ってくれたお粥が一番おいしかった」
「その事務員さんは、女の方ですか」
「そうだよ」
 答えながら、何故か冷たい彼女の口調を少しだけ不思議に思ったが、恐らく勘違いなのだろうと話を続けた。
 しかし、それから何を話しても彼女はぽつぽつと相槌を打つだけで微笑みもしない。
 暗くなる前に、と勘定を済ませて店を後にし、通りを並んで歩くが彼女は押し黙ったままだ。
 原因の分からぬ沈黙に堪えきれなくなって口を開いた。
「私は、何か気に障ることをしてしまったかな」
 彼女は足を止めたが、やはり何も言わない。
 これはとうとう愛想を尽かされたのかもしれない。素っ気なく感じたのも気のせいではなかったのか。
 沈んでいく心をどうにか抑えようとしていると、彼女が勢いよく顔を上げた。
「半助さん、酷いですよ」
「え?」
「だって……職場の女の人の話をするなんて、酷い。半助さんが仕事に行ってしまったら、会えない日がずっと続くのに……昨日だって、会えるのが楽しみで眠れなかったんだから。それなのに……」
「事務員さんは、おばちゃんなんだが」
 驚きながらそう言と、「おばちゃん」と彼女が呟いて、途端に顔を赤くした。
「お、おばちゃんですか……で、でも、その……おばちゃんだって、女の人には違いないわけで……えっと」
「なんだ、焼き餅を焼いてくれたのか」
 心底安堵して笑いながら、耳まで赤くなった彼女の頭を撫でた。
「ここが往来でなければなぁ」
 抱きしめたり、それ以上のことができるのに。 
 そう考えて、ぽつりと洩れた言葉に彼女は慌てたように顔を上げる。
「な、何の話ですか」
「いや、片想いでないことを確かめたいなぁ、と思って」
 少し意地悪く言いながら彼女の手を取ると、冷えた小さな手を暖めるために指を絡ませる。
「今日は、家まで送るよ」
「はい」
 返事と共に彼女の指に力がこもったのを嬉しく思ったが、同時に切なさが胸を掠めた。
 彼女が自分に会いたかったと、そして好きだと言ってくれたとしても、やはり自分は彼女に片想いをしている。これからもずっとそうなのだろう。
 彼女への想いの全てを伝える術などあるのだろうか、いや一生を費やしても伝えきれないだろうな。
「でも……それはそれで、いいのかもしれないな」
 その言葉に首を傾げる彼女に、私はそっと微笑んだ。
 一生の片想いもいいだろう。こうして、隣にいられるならば。