「本当に大丈夫なのか、名無しさん」
「送っていこうか」
父と兄は心配そうにそう訊いた。
大丈夫だと答えたものの、一人きりでの遠出は初めてで不安だった。
けれども、これから私はくの一を目指し忍術学園で生活していくわけなのだから、いつまでも家族に頼ってはいけない。
初めが肝心だ。
奮起して準備を整えていたが、前夜はどうしても眠れなかった。
「気をつけるのよ、名無しさん」
「はい」
「落ち着いたら文を書いてね」
「はい」
それ以上口を開くと涙が零れてしまいそうだった。
何度も振り返って、母に手を振った。
母の姿が小さくなるにつれて、「やっぱり行かない」と駆け戻りたくなった。
入学金はずしりと重い。こんな大金を持つのは初めてだ。すれ違う誰も彼もが盗賊や山賊に見えてしまう。
市井を通り過ぎ、人気のない道をひとり行く。
「……こっちでいいのかな?」
当たり前だが道標などなく、やはり兄に送ってもらえばよかったと思った。
「道に迷ったのかい?」
突然の声に飛び上がった。
振り返ると、若い男が立っていた。優しそうな人だけれど油断は禁物だ。
着物をきゅっと掴んで、恐る恐る口を開いた。
「わ、分かりません」
「分からない?」
男の驚いたような呆れたような声に、素直に頷いた。
「どこへ行くつもりなのかな?」
「……学園へ」
ああ、と男は納得したように言った。
「新入生か」
男は柔らかく笑った。
その笑顔から目を離せずにいると、男は真面目な表情になった。
「私は忍術学園で教師をしている。土井半助だ」
「苗字名無しさんです」
その日から4年が過ぎた。
私はクラスで一番成績優秀なんてことはなく、可もなく不可もなくやっている。
「名無しさん」
「あ、土井先生」
「実習か?」
「終わったとこです。先生、こっちで授業ですか?」
「私も終わったところだ」
「明日から夏休みですね。一年は組にもあるんですか」
冗談っぽく言うと、土井先生は苦笑した。
「一応、あるにはある。……はずだ」
「補習ですか」
「そうなんだ」
土井先生は溜息を吐く。
「さて、職員室に戻るとするよ。呼び止めて悪かったな」
「いえ」
「じゃあ、また新学期に」
「はい」
土井先生の後ろ姿を見送る。
休み明け、忍術学園へと戻る道すがら土井先生に偶然会えないかな、と毎回考える。
待ち伏せしてみようか、と思ったことも何度もあるのだけれど、土井先生にはきっとばれてしまうから怖くてできない。
きり丸が羨ましい。
あの春の日のように、隣を歩けたらいいのに。
それ以上は望まない。
それすら叶わないと告げるかのように蝉が鳴き出して、私は部屋へと向かったのだった。