「中在家せんぱーい!」
遠くに見つけた中在家先輩を呼び止めて、急いで駆け寄った。
先輩の表情は殆ど変わらないが、それでもどこか驚いたような雰囲気で私を待ってくれている。
「よかったら召し上がってください。この間のお礼です」
言いながら、竹皮の包みを差し出す。
「……中身は?」
なんとなく、怪しまれているような気がする。
「お団子です」
「そうか……団子か」
くのたまが持ってきた食べ物は、やはり危険物認定されるだろうか。
引っ込めた方がいいかと迷い始めた途端、中在家先輩が包みを受け取ってくれた。
不意に、視線を感じる。
ぱっと顔を向けると、生け垣の向こうを歩く土井先生が、こちらを見ていた。きっと職員室へ戻るところだろう。
偶然だけれど、よりによってこんなところを見られるなんて。
「どうした、苗字」
「あ、いえ」
中在家先輩は私の見ていた方を振り向いた。
土井先生はもう遠ざかっている。
「中在家先輩、この間は一緒に本を探してくださって、本当にありがとうございました」
頭を下げ、急いでその場を去った。
嫌々ながら、職員室へと向かう。
運悪く、じゃんけんに負けてしまったのだ。
「失礼します」
職員室には山田先生と土井先生がいた。
「おお、苗字」山田先生が私に笑みを向ける。「どうした?」
「これ……よかったら召し上がってください。お団子です」
「苗字が作ったのか?」
「くのいち教室の皆で作りました。今日は十五夜なので」
土井先生は黙ったまま笑みを浮かべている。
「そうか、十五夜だったか。わざわざすまんな。あとで頂くとするか。ね、土井先生?」
「そうですね。ありがとう、苗字」
「どういたしまして。あの……これで失礼します」
なんだか土井先生が冷たいような気がして、逃げるように職員室を出た。
きっと私の気のせいなのだろうけれど。
秋の夜はもう寒いくらいだ。
お月見というよりもお喋りに興じた後、皆は眠ってしまった。
私はどうしても眠れなくて、こっそり部屋を抜け出してきた。離れた場所からは、忍たまたちが夜間演習をしている気配がする。
塀に座って月を眺める。
家族もこうやって、月を見ただろうか。そんなことを考えているうちに、寂しい気持ちになってくる。
「寒くないのか?」
突然の声に体が小さく跳ねた。
驚きはしたけれど、声の主は分かっていた。
案の定、月明かりに照らされた土井先生が、私を見上げていた。
「……平気です」
「美味しかったよ」
「え?」
団子、と土井先生は苦笑混じりに言うと、易々と塀に上って私から少し離れた場所に腰を下ろした。
「綺麗な月だな」
「はい」
どうしてここに来たんですか。
そんな風に、訊きたいことも言いたいことも山ほどあるはずなのに、そのどれも口から出せず、虫の声を聞きながら黙っていた。
時々、風がすすきや木々をざあっと撫でると、濃い影がゆらゆら揺れる。
どのくらい黙っていたか分からないが、先生が喋りだしそうな気配を感じて身構えた。
「名無しさん」
「は、はい」
「体が冷える前に、部屋に戻るんだぞ」
言いながら、土井先生が立ち上がる。
「土井先生」
呼ぶと、地面に降りた先生が振り返った。
白い月明かりに照らされる顔は、初めて会った男の人のようだった。
普段と同じ忍装束にもかかわらず、何故だかいつもより若いというよりは幼く見えた。
本当に、知らない人みたいに思えた。
それでも私は、先生の足下の影のようにはっきりと思った。私はこの人は好きなんだ、と。
「中在家先輩には、本を探して頂いたお礼に渡しただけなんです……お団子……」
「知ってる」
言って、土井先生は困ったような顔で笑った。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
それからすぐに部屋に戻ったものの、月が照らしていた土井先生の横顔を思い出すと、今夜は到底眠れそうになかった。