1日目 はじめまして

「無事でよかったです。では、さようなら! お気をつけて!」

 そう勢いよく言う代わりに、静かに口を開いた。

「ここが私の家です」

 結局、雨の降る中を歩いて、私の住むアパートに帰ってきた。
 土井さんの服装――中身は私だけれど――が人目を引いて、とてもじゃないけどバスや電車には乗れずに、人通りの少ない暗い道を通った。
 当然ながら元に戻る気配はないまま。
 どうしてこんなことになったのかも分からないけれど、とにかくアパートに戻るのが一番いいと思った。
 ずぶ濡れの男と女。
 近所の人、特に同じアパートの住人に誰にも見られていないといいけれど。変な男を連れ込んでいたなんて思われたら私の世間体と今後の生活に差し障りがありすぎる。
 しかもその変な男の中身が私自身なのだから、最悪というどころではない。

 濡れた頭巾をシンクで絞る。ぼさぼさの髪が水を吸って重い。

「これ、何で被ってたんですか」

 土井さんは少し考えてから口を開いた。

「……忍者なので」
「は?」

 忍者。なんて非日常的な単語だろう。
 まぁ、今の状況の方がよっぽど非日常的だけど。
 確かに、言われてみればこの服装は忍者らしいといえる。アトラクションか何かの忍者役が彼の仕事だろうか。それとも単なるコスプレだろうか。
 なんにしろ、変な人と関わってしまった。変というよりヤバい人、か。

「あの、土井さんはどうして海に?」
「学園の池にいたはずなんですよ。それがいつの間にか海に……」

 そんなわけないでしょ。この人、頭おかしいのかも。

「学園って……?」
「忍術学園です」

 頭と、珍しく胃が痛くなってきたので、そうですか、と適当に返事をした。これ以上、突っ込んで聞いても無駄な気がする。
 中身が入れ替わった理由が分かるわけがないのなら、私達の足元にできている水たまりを何とかするのが先だ。
 フローリングに点々と小さな水たまりを作りながら部屋を進んで、タオルを出す。

「どうぞ。着替え、用意しますから」

 土井さんにタオルを渡してそう言ってすぐ、スタンドミラーに目がいった。自分が自分の姿でないことに改めて気付いて、血の気が引いた。
 着替えるなら当然服を脱ぐわけで、服を脱いだら絶対に見えてしまう、色々と。お互いに、下着を交換せずにすむような濡れ方ではないことも確かだ。
 動悸がして頬が熱くなる。
 恋人でもない男に裸を見られてしまうわけ?というか、私も見たくないものを見なきゃいけないわけだ。
 今度は冷や汗が流れてきた。
 土井さんは気が付いているのかな。そう思って彼の方を見ると、見慣れた顔が苦笑していた。
 一瞬だけ、誰だか分からなかった。自分ってこんな顔や声だったかな、ともう何度も思ってる。仕草や表情で全然違う。
 きっと今の私は側から見たらオネェだろう。
 そんなことより今この状況を打破しなければ。
 洋服を漁る振りをしながらクローゼットを湿気らせて、ようやくひとつ、いい案を思いついた。

「あの、お互いに着替えさせるのはどうですか?」

 土井さんはきょとんとした顔で私を見た。

「その……ほら、お互いに服を脱いだ姿を見せないですみますし」

 はあ、と土井さんは納得いかなそうに答えた。
 見たかったのかな。見たかったんだ。変態だー。お父さん、お母さん、おまわりさーん。
 心の中で喚きながら着替えを用意して、向かい合って立つ。
 あれ、私の体、結構太い。2キロくらい大丈夫だと思っていたけど、そうでもないかもしれない。

「目、閉じててくださいね」
「はい」 

 びしょ濡れで、なんともイヤラシイ雰囲気で肌に張り付くシャツのボタンを一つはずして気が付いた。
 これはこれで、とんでもない状態だ。
 身体は自分のものだけど、中身は別人。しかも男。
 これって、男の人の服を脱がしているってことじゃない。
 そう考えて完全に手を止めた。見る見ないとはまた別の方向で問題だ。とてもじゃないけど続けられない。
 変態を脱がせて痴女になるのは御免被る。

「名無しさんさん?」

 土井さんの怪訝そうな問いかけに答える私の声は、震えていた。

「や、やっぱり自分で着替えましょう」

 土井さんはどこか予想していたような様子で頷いた。どうも私が提案した時点で、気付いていたっぽい雰囲気だ。
 それならそうと言ってよねぇえええええええ。あーそうか。脱がされるのも楽しみだったのかもしれない。変態忍者だ。乙女を弄ぶな。
 いろんな意味でここから逃げたくて、恥ずかしくて、もうすっかり耳まで熱い。

「お、お互い様ってことで……でも、できるだけ見ないでくださいね」
「分かってます」

 そう言って、土井さんは恥ずかしそうに下を向いた。
 ウブな変態なのかもしれない。 

「じゃあ、着替えておいてくださいね」

 下着の付け方なんかをざっと説明し、私は大きめのパーカーとスウェットを持ってお風呂場へ。
 どうやって脱げばいいのかな、なんて悩むこともなく帯を引っ張ると簡単に脱げた。

「へっ!?」

 できるだけ見ない、なんてことはすっかり忘れていた。
 土井さんは袴の下に、ものすごく予想外のものを身につけていた。

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