4日目 好きだった人

「すごい! 全部正解です!」

 土井さんと私は、卒業アルバムを見ながらクラスメイトの名前を当てる、ということをやっていた。同窓会の準備だ。
 土井さんがアルバムを見ていたのは10分程度なのに、次々と名前を当てていった。
 すごい、すごい、と私が本気で感心すると、土井さんは照れくさそうに笑った。
 自慢しないところがいいなぁ。彼本来の姿で、はにかむところを見てみたい。
 実はひとりの時間に鏡の前で何度か微笑んでみたけれど、同じ笑顔には到底なりそうになかった。

「皆さん、この写真からは大分変わっているでしょうね」

 溜息混じりに土井さんが言った。
 不安なのかな? そんな風には見えないけれど。
 そう考えてから、不安じゃなくて負担なんだと思い直す。

「別に全員と話さなきゃいけないわけじゃないから、適当で……私に話しかけてくる人はそんなにいないと思います、人気者じゃないんで……って自分で言うのも悲しいですね」

 あはは、とわざとらしく笑ってみせると、土井さんは卒アルをじっと見ていた。

「そうかなぁ、けっこう話しかけられるんじゃないでしょうか……名無しさんさん、この頃より綺麗になってるから」
「な、何言ってるんですか」

 動揺して勢いよくアルバムを閉じると、ぼさぼさの前髪が風で揺れた。

「あ……いや……すみません。この頃も十分、可愛らしいですよ」

 何を勘違いしたのか、土井さんは高校時代の私まで褒めてくださる。
 嘘ばっかり、と叫びたい。卒アルの私はどこからどう見ても垢抜けなくて、もっさもさの眉毛にださい髪型、笑顔はぎこちないのを通り越して半目の薄笑いだ。

「今も昔も、可愛くも何ともないですよ!」

 乱暴に言いながらアルバムをケースにしまうと、テーブルに置いてベッドに飛び乗った。
 あ、私が寝るのは布団だった。初日に散々譲り合った結果、土井さんにベッドを提供しているのだった。
 そのことを枕に顔を埋めてから思い出した。
 いつも使っているシャンプーの匂いが違っているような気がする。土井さんの体臭だろうか。体は私なのに。
 のそり、と体を起こすと、土井さんはまたアルバムを見ていた。
 勉強熱心だな。そう思った途端、土井さんが口を開いた。

「この方、特別な人ですか?」
「え?」

 ドキッとした。
 土井さんが指さした先にいたのは、私が好きだった人だからだ。
 土井さんには何も言ってないし、写真に印をつけたわけでもない。それなのに、どうして分かるんだろう。

「その人は……好きだった人なんです。完全に私の片思いで……っていうか、他の学校に彼女がいたみたいです」
「そうなんですか」
「はい」

 土井さんの声は淡々としていて、どこか残念そうにも聞こえた。
 残念ながら、提供できるような面白い話はない。本当に何も起きなかった。遠足でも文化祭でも卒業式でも、ただのクラスメイトだっただけだから。
 好きだった人が今はフリーだということを、数週間前に友達から聞いた。高校三年の時の私の友人たちは、私が彼を好きだったということを知っていて、彼自身もなんとなく気付いているみたいだった。だから、もしかしたら同窓会で何かあったりするかな、なんて思っていたけれど、今はそれどころじゃない。
 土井さんには、少し話しておいた方がいいのかな。

「残念ですね、出席できなくて」

 私の声帯からこんな声がでるのか、と驚くくらいに優しい声音で土井さんが言った。

「ご迷惑をおかけしてすみません。名無しさんさん、楽しみにしていらしたでしょう?」

 期待はしていたけれど、楽しみにしていたのとは違う気がする。そう、私は下心があっただけで、再会を喜ぶわけじゃない。着ていく服を選んだ理由だって同じこと。憧れの人と近付く機会があるかもってだけ。
 土井さんの優しさにつけ込んで、何をしているんだろう。

「名無しさんさん、寝る前にもう一度おさらいしましょう。名前の部分を隠してください」

 土井さんに笑顔でそう言われて、胸が痛んだ。

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