5日目 同窓会の夜

 まだ終わらない。
 一次会が終わるだろうと思った時間をとっくにすぎて、私は同じ通りをうろうろし続けている。
 どうしても土井さんが心配で、同窓会が始まった時間には会場になっている居酒屋の近くまできてしまった。
 それなりの服は買い揃えたけれど、土井さんの髪だけはやっぱりどうにもならなくて、不審者感が丸出しだ。

「それ本物~?」

 なんて言われながら、酔っぱらいに髪を引っ張られたのはついさっきのこと。
 ああ、胃が痛い。
 二次会はどこにいくんだろう。
 二次会も三次会も流れに任せて、なんて言ったけど、すぐに帰ってくるようにすればよかった。
 土井さんはどうしているだろう。
 絶対につまらない思いをしているはずだ。よく知らない女の、高校時代の大して仲良くもなかったクラスメイトと一緒に何時間も過ごすなんて、私だったら絶対に嫌だ。
 欠席すれば良かったのに、土井さんに酷いことをしてしまった。
 後悔先に立たず、ってこういうことかな。

 居酒屋の戸が開いて、私は急いで物陰に隠れた。ぞろぞろと出てくる人たちには見覚えがある。
 やっと一次会が終わったみたいだ。
 土井さんはどこだろう。
 店から出て、通りを歩いていく人たちの様子を窺っていて、サッと血の気が引いた。
 高校時代の片思いの相手がいた。そしてその隣に土井さん。ふたりは騒がしいグループから少し離れて歩いている。
 先週までの私にとっては夢のようなシチュエーションだけれど、今の私には悪夢でしかない。
 片思いしていた相手が、一方的に楽しそうに話しているみたいだった。
 まあ、土井さんが楽しそうにしていても問題だけど。中身が私のままだったら、あんな風には話しかけてもらえないんじゃないかな。
 そう考えながら、ふたりにそろそろと近付く。
 好きだった人はすっかり大人になっていた。彼はちらりと前を行くグループに目をやってから、土井さんに軽いノリで言う。

「二次会行くのやめてさ、ふたりでどっか行こうよ」
「え?」

 土井さんは明らかに困惑していた。
 勿論、断るでしょ。
 私の思いとは裏腹に、土井さんは返事をせずに考え込んでいるようだった。
 まさか、私のためにとか思ってないよね。
 暑いくらいの気温なのに、冷や汗が流れる。
 ええい、こうなったら。
 
「名無しさんっ」

 自分の名前を呼んだのに、ちゃんと土井さんは振り向いてくれて、それに何故か感動した。
 感動している場合じゃなかった、と慌てて次の言葉を続ける。

「か、帰ろう」
「誰?」

 高校時代の爽やかなイメージとはほど遠い、凄く嫌そうな顔でそう訊かれて、私は思いきり怯んだ。
 ショック。この人、こんな人だったかな。知らなかっただけ?
 私の代わりに、土井さんが平然と答えた。

「恋人です」

 そして私に笑顔を向ける。

「半助、迎えに来てくれたんだね」

 負けた、と思った。
 私、こんなに女っぽく言えない。

「ごめんね。私やっぱり、二次会行けないや。今日はありがとう、話できてすっごく楽しかった」

 彼に向かって言いながら、私の腕に絡み付いた土井さんからは、私幸せです、ってオーラ全開。

「……そう。じゃあ、みんなに苗字帰ったって伝えとく」

 ばつが悪そうにそう言った彼に、私は会釈した。
 振り返って、一瞬だけ見えた後ろ姿に、青春時代はとっくに終わっていたんだと気付かされた。

 そのまま土井さんと手を繋いで歩いていた。
 土井さんはずっと無言で、早足だ。女子にあるまじき大股で。
 女に手を引かれて歩くなんて、これは端から見たら草食系なのかな。ショーウィンドウに映る自分たちの姿を眺めてぼんやりとそう考えていると、前を歩く土井さんが鋭い声を出した。
「まだ、彼のこと好きなんですか?」
 何で怒ってるんだろう。
 まさかと思うけど、セクハラでもされたのかな。男の人だって、男に触られるなんて嫌だよね。それか何か嫌なことでも言われたのかな。
 ひたすら申し訳なく思いながらも、怖くて訊けない。

「違いますけど」  
「そうですよね」

 土井さんの棘のある口調に驚いて足を止めた。

「そうですよね、って……何でですか?」
「好きだったら、あそこで帰ろうって言わないでしょう」

「……好きだったとしても、ほいほいついて行かせるわけにはいかないでしょう。私だってそんな簡単についていきませんよ」

「そうでしょうか」

 冷たい口調にむっとした。
 私をどんな女だと思ってるんだろう。
「そうですよ! もう好きじゃないし」

 もしかして、男を平気で連れ込むような女だとでも思ってるんだろうか。土井さんをアパートに連れていったのはやむを得ない状況だったわけだし、好きでこんなことしてるわけじゃないのはお互い様だ。
 同窓会に出ることを頼んだのは悪かったけど、そんな言い方ないじゃない。

「あの人のこと、好きじゃないんですね?」
「別に……何だっていいじゃないですか。土井さんに、関係ないでしょ!」

 まだ繋いでいた手を勢いよく振り払うと、土井さんが私を睨むように見た。

「関係あります」

 より一層強い口調で言われて、私はたじろいだ。

「……無理矢理、同窓会に行かせたからですか?」
「同意しました」

 静かに溜息を吐く姿が怖い。
 これは絶対に怒ってる。謝った方がいいかもしれない。でも一体、何に対して怒ってるんだろう。

「あの……ごめんなさい。でも、どうして怒ってるんですか?」

 おずおずと訊くと、土井さんは驚いたような表情を浮かべてすぐに眉間にしわを寄せた。

「怒ってなんかいませんよ」
「じゃあ、何なんですか? 好きとか好きじゃないとか……」

 ショーウィンドウ越しに、土井さんと目が合った。

「私は、名無しさんのことが好きなんです」

 生まれて初めて、告白された。

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