君がため

「……何でこんなことになっちゃったんだろ」
 名無しさんは暗く冷たい牢の中で呟くと、抱えた膝に顔を埋めた。
「半助さん……」

 発端は、一通の文だった。実を言えば、名無しさんはそれを受け取ったときから違和感があった。
 半助からの文のはずだが、字がどことなく違う。きり丸のそれとも異なる。だが他に文を寄越す者は思い浮かばず、名無しさんは首を傾げながら文を開いた。
 やはり署名は半助のものだった。
 訝しみながらも文を読み進める名無しさんの頭から、すぐに違和感は消えた。
 内容はこうだ。

 字がいつもと違って驚いているだろうが、実は利き手を怪我してしまった。洗濯ができないので困っているので着替えを届けてほしい。忍術学園まで来ることはない、明日、町外れに用事があるのでそこで会おう。

 翌日、待ち合わせの時間に現れたのは、半助ではなくドクタケ城の忍者だった。
 半助が現れないことにも、ドクタケ忍者が現れたことにも混乱したまま出城へと連れてこられた名無しさんだったが、地下牢に放り込まれた途端に気が付いた。自分はまんまと罠にはまってしまったのだ、と。
 しかし、自分を捕まえて何になるのだろう。相手を間違えているのではないだろうか。名無しさんは暗く湿気っぽい牢の隅でそう考えていたが、どうやら間違いではないようだった。
 牢への階段を下りてくる人の気配に、名無しさんは顔を上げた。やってきたのは、ドクタケ忍者隊首領の稗田八方斎と風鬼である。
「土井名無しさん、忍術学園の見取り図を書いてもらおう」
 八方斎はそう言うと、計略にひっかかった名無しさんの迂闊さをあざ笑う。
 どうしてこんな者達に捕まってしまったのだろう。名無しさんは悔しさと情けなさで拳を握りしめた。
 今になってよくよく考えれば、あの文はおかしな事だらけだった。
「土井名無しさん、聞いているのか!」
 八方斎は、格子越しに名無しさんに怒鳴った。
 名無しさんは一瞬怯んだが、再び八方斎を睨め付けると、きっぱりと口を開いた。
「書けません」
 名無しさんは忍術学園の中のことなど、全く覚えていない。忍術学園を訪れた際は大概、案内してくれる小松田の後をついていくか、たまたま通りかかった生徒が名無しさんを目当ての場所に連れていってくれる。
 それに、例え覚えていたとしても、見取り図を書く気など毛頭無い。
 八方斎は大きな頭を、ぐいっと名無しさんの方へと寄せた。
「逆らう気か」 
 有り体に言えばそうなのだが、まさか「はい」と答えるわけにもいかない。名無しさんは言葉を選んで口を開く。
「……そうではなくて、覚えていません。私は忍者の妻ですが、忍者ではないので」
 むっ、と八方斎が小さく唸る後ろで、風鬼は暢気な声を出す。
「なるほどー。お頭、どうします? 帰しちゃいますか?」
「馬鹿者! 忍術学園の先生の嫁を捕まえたんだぞ! それなりに使い道はある! ……というわけで、暫くここで過ごしてもらうぞ、土井名無しさん」
 ふっふっふっ、と不敵な笑い声を響かせながら、八方斎は風鬼を連れて牢屋を去った。

 再び静寂が訪れた。
 名無しさんは格子を揺すってみるが、当然のことながらびくともせず、積石もまた然り。錠は到底外れそうにない。
 半助かきり丸に、牢破りの方法を教わっておくべきだった。
 名無しさんは唇を噛みしめた。
 どうにかしてここを出なくては。このままでは半助だけでなく、忍術学園にも迷惑がかかってしまう。事によると、既に何かしらの迷惑がかかっているかもしれない。
「出して!」
 名無しさんは格子を叩いた。申し訳ばかりの音が獄に響く。
「出してっ!」
 続けて2、3度叫ぶと階上の扉が開き、うっすらと光が射し込んだ。
 だが、名無しさんの期待したことは起こらなかった。
「女! 喧しいぞ!」
 牢番が怒鳴りながら階段を下りてくる。
「殴られたいのか!」
 脅すように、槍の柄を石の床へ強く打ち付けた。
 名無しさんは大人しく口を噤み、格子から離れた。のろのろと壁に凭れると、そのまま冷たい床に腰を下ろす。
 滲んできた涙を封じ込めるようにぎゅっと目を瞑り、立てた膝に額を乗せる。
 そういえば、半助の着替えにと用意した寝間着や褌、手拭いも返してもらえないのだろうか。みみっちい話だが、あれを返してもらわないと困ってしまう。ついでにと、きり丸の分を用意しなかったのは正解だった。2人分の着替えを失ってしまっては、今後の家計に響く。
 カビ臭い牢獄で考えるのには似つかわしくない内容に、名無しさんは自嘲した。
 そもそもここを出してはもらえないのだから、いくら考えても意味がない。
 半助にもきり丸にも、もう会えないのだろうか。ふたりは、名無しさんが普段通りに家にいると思っているのだろうか。大家も隣のおばちゃんも、半助の仕事や忍術学園について何も知らないのだから連絡はいかないだろう。それに、名無しさんが忽然と消えてしまっても「土井家は家賃が払えなくなって夜逃げした」と思われるのが落ちかもしれない。
 しかし、この事態は遅かれ早かれ半助の知るところとなるだろう。それを安堵すべきなのか、愁いていればいいのか、名無しさんは判じかねた。
 怪しい文の内容を信じて、のこのこ出掛けていったことについては、恐らく半助は怒るだろう。

 突如響いた奇妙な音の直後、牢全体が小さく揺れた。
 名無しさんが驚いて顔を上げると、また同じ爆ぜるような音がした。
 家の釜戸を吹き飛ばされた時の音に似ている。名無しさんはぼんやりと考えながら、暗闇でじっとしていた。
 表からは怒号のようなものと、慌ただしく走り回る気配が届くが、名無しさんには関係のないことだ。何が起きているにしろ、ここから出してはもらえないだろう。
「曲者だ! 手の空いているものは全員集まれ!」
「しかし、牢が……」
 先の牢番の戸惑う声が聞こえた。入り口のすぐ側で、会話が交わされているようだ。
「あの女は放っておいていい。どうせ助けも来ないだろう。さっさと向かえ!」
 牢番は短く返事をし、騒ぎのあった方へ向かったようだ。
 名無しさんは立ち上がり、今一度格子を揺すってみたが、それは馬鹿馬鹿しくなるほど無意味な行為だった。
 ああ、錠が開けば。忌々しく思い、名無しさんは足を踏みならした。
 突然、階段を下りてくる足音が聞こえた。名無しさんは慌てて格子から離れ、壁際に寄った。
 階段を下りてきたのは雑兵だった。
 恐らく牢番と話していた男だが、何故に騒ぎの場に行かないのだろう。名無しさんが訝しみながら雑兵を見ていると、目が合ってしまった。
 何をじろじろと見ているのだ、と怒鳴られるかもしれない。そう考えて名無しさんは怯えたが、予想に反し、男は苦笑混じりに溜息を吐いただけだった。
 名無しさんは眉根を寄せると、極小さな声で訊ねるように口を開いた。
「……半助さん?」
 知らぬ男の顔が外れて、見慣れた顔になった。
「よく分かったな」
 どこか嬉しそうに言いながら、半助はまるで自分の家であるかのように自然に鍵を開ける。
「しかし、名無しさん……あんな文を信じたのか?」
 錠の外れた音に安堵したのも束の間、半助に呆れ顔を向けられて、名無しさんの顔は羞恥で赤く染まった。
「だって……怪我をしたって書いてあったから……心配したんですよ」
「それは私の台詞だ」
 咎める風でなく、極当然だという口調で半助は言うと、名無しさんに手を差し出した。
「そうですよね、ごめんなさい」
 名無しさんはしょんぼりしながら半助の手を取った。
「城内の騒ぎは半助さんが?」
「利吉くんだ。城の外には山田先生がいらっしゃる」
 やはり迷惑をかけてしまった。名無しさんは手を引かれながら項垂れる。
「……ごめんなさい」
「いい、名無しさんのせいじゃない。とにかく、ここを出よう」

 表に出ると、城内が混乱しているのが分かった。だが、騒ぎは大分離れた場所で起きているようで、牢の周りに人の気配は無い。
 遠く立ち上る煙を見ながら、名無しさんは感心する。これならば、逃げるのはそう難しくはなさそうだ。無論、名無しさんひとりでは牢から一歩も出られなかったが。
「名無しさん、様子を見てくるからここで待っていろ」
 半助は名無しさんを物陰に押し込める。
「動くんじゃないぞ」
 そう念を押された名無しさんだったが、半助がなかなか戻らないのに痺れを切らし、ひょいと顔を出してみる。
 すると、戻ってくる半助の姿を見つけるより先に、手前の建物の陰に刀を持った雑兵がいるのに気付いた。
 半助は気付いていないのだろうか。いいや、忍者なのだから気付いているだろう。
 だが、万が一ということもある。夫に迫る敵を見過ごすことはできない。
 名無しさんが物陰から姿を現すと、「そこを動くな」と半助が身振り手振りで示した。
 名無しさんは意図が伝わらないことに慌てながら、手振りで雑兵の存在を知らせようとするが、半助は「静かにしていろ」という表情を向けるだけだ。
 これでは敵から注意を逸らしてしまったのも同然だ。
 青くなる名無しさんをあざ笑うかのように、雑兵はじりじりと半助との距離を詰めている。しかし、半助の動きに集中しているためか、名無しさんがいることには勘付いていないようだ。
 名無しさんは走り出た。
 驚いた表情の半助が名無しさんに駆け寄ろうとするその後ろで、雑兵が刀を振りかざす。
 陽光に照らされた白刃が、ぎらりと光った。
「半助さん、危ないっ!」
 差し出された半助の腕をすり抜けて、名無しさんは雑兵に体当たりした。
「名無しさんっ!」
 半助の声と銃声が響いたのは、名無しさんが倒れた直後だった。
 雑兵は名無しさんの体当たりと銃弾に十分ひるんだようだったが、更に数発の弾が足下に打ち込まれると、落とした刀を拾わずに後ずさりした。そして、逃げだそうと背を向けたところに、半助がすかさずチョークケースを打ち込んだ。
 雑兵が倒れる気配を背に、半助は名無しさんを抱き起こす。
「名無しさん」
 妻の名を呼びながら乱れた髪を直してやると、半助の手が血で濡れた。
 ぎくり、として半助は暫し動きを止めた。
 幸い刀傷ではないようだが、倒れた拍子に頭を切ったのだろう。名無しさんの額と頬を、血が伝い落ちていく。
 半助は僅かに震える手で手拭いを取り出し、名無しさんの顔の血を拭った。傷口は髪に隠れてよく見えないが、そう酷いものではないだろう。
 止血をしようと傷口を押さえるが、手拭いは赤く染まっていくばかり。
 頭だから出血が多いだけだ。深刻になる必要はない。と、どくどくと不安げに打つ己の心臓に半助は言い聞かせる。
 とにかくここを出なければ。
 半助はひとり頷くと、名無しさんに声を掛けた。
「名無しさん、立てるか?」
 名無しさんを立たせようとすると、彼女はうめき声と共に顔を歪ませる。
「……足が」
「足?」
 名無しさんの足首は腫れていた。既に腫れは酷く、半助が手を貸したところで歩けそうにはない。
 もたもたしている暇はなかった。先ほどの銃声を聞きつけた兵士が、いつ押し寄せてくるとも分からない。
「名無しさん、傷口を押さえていろ」
 半助は名無しさんの手を取り、傷口にあてがっている手拭いへと導く。しっかり押さえたのを確かめてから、半助は彼女を抱き上げた。
 これからどうするのだろう。足手まといになって、ごめんなさい。そう半助に話し掛ける力もなく、名無しさんは目を閉じていた。

 ふっと途切れた意識を取り戻し、名無しさんは「これは夢なのかもしれない」と思った。牢の中で半助の夢を見ているのかもしれない。
 しかし、突然の落下する感覚に驚いて、名無しさんは目を開けた。
「名無しさん、大丈夫か?」
 半助は名無しさんを横抱きにしたまま、真剣な表情で妻の顔を覗き込んでいる。
 名無しさんは辺りをゆっくりと見回す。雑木林のようだ。
「半助!」
 伝蔵の声がして、半助は安堵したように口を開く。
「山田先生。助かりました。ありがとうございます」
「名無しさんさんの怪我は酷いのか?」
「いえ……」
 言いながら、半助は名無しさんを地面に降ろすと、応急処置を始める。
「捻挫でしょう、骨は折れていません」
 名無しさんは伝蔵の持つ火縄銃を見て、ようやく先の狙撃手の正体に気付いた。
「山田先生……ありがとうございました。……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「礼などいらんよ。それより、止血をしないと」
「もう、止まったと思います」
 名無しさんはいつの間にか傷口から手を離してしまっていたが、血は流れてきていない。
「それならいいが。なんにしろ新野先生に診ていただいたほうがいい。半助、先に戻れ。わしは利吉と合流する」
「はい」
 半助は短く返事をすると、再び名無しさんを抱き上げた。
「山田先生、利吉さんにも、よろしくお伝えください」
 名無しさんがそう言うと、伝蔵は彼女を安心させるように笑って頷いた。

 半助は名無しさんを横抱きにしたまま、かなりの速度で山道を進んでいた。せめて負ぶった方が楽ではないかと名無しさんは言ったのだが、半助は頑として譲らない。
「半助さん」
 半助は名無しさんの呼びかけを無視すると、何かを確認する素振りをしてから、獣道を突き進む。確認したものが何なのかは、名無しさんには皆目見当が付かない。
 だが、無視されているのは分かる。
「ねぇ、半助さん」
 半助の顔から視線を逸らすと、木々の隙間から忍術学園が小さく見えた。
「半助さん……半助さんってば!」
「……何だ?」
 ようやく返ってきた返事は酷く不機嫌なものだ。
「もうすぐ、忍術学園に着くぞ」
「そんなに酷い怪我じゃないから……家に……」
 帰りたい、と名無しさんが言うより先に、半助が口を開いた。
「駄目だ!」
 びりびりと空気が震えるほどの怒鳴り声だった。
「それは絶対に許さない」
 言って、半助は足を止めた。
 名無しさんが驚いて半助を見上げると、青白い顔をしている。
「何かあったらどうする! もう十分に何かあった後だが……これが命に関わる怪我だったらどうするんだ」
 半助の剣幕に呆気にとられていた名無しさんが、おどおどと反論する。
「で、でも……多分、捻挫と……頭を少し切っただけよ?」
「まだ分からないだろう」
 半助はきつい口調で言いながら、抱いていた名無しさんを降ろした。
 名無しさんは片足で体重を支えきれず、よろめいた。すぐに半助の手が彼女を支えたが、彼の表情は曇ったままだ。
「どうだ、ひとりで立てもしないくせに。骨が折れていたらどうするんだ! 傷が開いたらどうする!」
 骨は折れていない、とさっきその口で言ったばかりではないか。と名無しさんは考えたが、半助は口を挟む隙を与えない。
「考えてもみろ、家にいたらまた酷い目に遭うかもしれない。次はもっと巧妙な罠だったらどうするんだ!」
 未だかつてない半助の怒りように、名無しさんはたじろいだ。迂闊な行動に怒るのは当然だが、これほどの剣幕で怒鳴られるとは思いもしなかった。
 しかし、半助の声色は僅かに和らいだ。
「私は休みになるまで、下手をしたら休みになっても帰れないんだ。傷ついたおまえを、このまま家に帰せるわけがないだろう」
 名無しさんは安堵した。半助は無論怒ってはいるが、名無しさんを心配しているのだ。実際、名無しさんを支える手はとても優しい。
 半助にどう伝えればいいだろう。名無しさんは悩みながら口を開いた。
「隣のおばちゃんも、ご近所のみなさんも、大家さんもいるから大丈夫。それに……怪しい文は、二度と信じないから」
 瞬きをすると、涙がこぼれた。
 囚われていた間よりもずっと強い不安や恐怖が、名無しさんを突如襲った。運が悪ければ、こうして半助に会えることは二度となかったかもしれない。
「心配ばかりかけて、ごめんなさい」
「いいや……」半助は名無しさんを抱き締めた。「名無しさんをひとりにしている私が悪い」
「そんなの……大丈夫だから。私、もっと気をつけるようにするから」
 名無しさんは半助の胸に手を当てて、僅かに体を離す。
「あなたのせいじゃないから……半助さん……泣かないで」
 誰が泣くか、と半助は小さく笑う。
 光の具合か、名無しさんには半助が泣き出しそうに見えたのだった。
「怒鳴って、すまなかった」
 名無しさんは静かに首を横に振った。
「すまない、名無しさん」
 唇に吐息のかかる距離で言って、半助は名無しさんに口付けた。
 優しく触れるだけの口付けの後、半助が顔をしかめた。名無しさんは慌てて半助の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「い……」
 名無しさんは首を傾げる。
「い?」
「……胃が、痛い」
 名無しさんはくすくすと笑いながら、半助の腹をさすった。
「半助さんも、薬を貰わないといけませんね」

「授業の遅れは大丈夫なんですか? 数日おきに様子を見に来てくれるより、長期休暇の初日から最終日まで家にいてくれる方が嬉しいのに……」
 名無しさんに不貞腐れたように言われ、半助は大根を手にしたまま苦笑した。
 あの後、名無しさんは数日間、忍術学園に滞在していたが、今ではすっかり町屋の暮らしに戻っている。名無しさんは大丈夫だと言い張るのだが、半助は午後になるとちょくちょく顔を出しては家のことを手伝っているのだった。
「名無しさん……」
「半助さん、私は大丈夫ですから」
「しかし」
「買い物は隣のおばちゃんが行ってくれるし……私、もう歩けるんですよ。お仕事残ってるんでしょう?」
 名無しさんは唇を尖らせる。
「そう言うな。第一、私のせいで怪我をしたんだから……」
「またそれですか?」
 しまった、という表情で半助は名無しさんを見る。
「半助さんのせいじゃないって、何回言えばいいんですか。そんなこと言うなら、怪我が治るまで会いません!」
 名無しさんは土間に降りると、半助を戸口へと押す。名無しさんの完治していない足を気にしてか、半助は止めることも逃げることもせず、されるがままになっている。
「ま、待て、名無しさんっ」
「もうっ! 学園に! 戻ってくださいっ!」
 半助をどうにか家から押し出すと、名無しさんは戸を閉めて心張棒を支えた。
「名無しさんー」
 おーい、と情けない声がする。
 名無しさんは足首を庇いながらひょこひょこと戸から離れると、上がり口に腰掛けて両手で耳を塞いだ。

 暫くして、名無しさんは戸を開けると、表に顔を出してみた。
 半助の姿はない。
 やはり帰ってしまったのだろうと考えて、名無しさんは俯く。心配して来てくれたのだから、もっと優しくすべきだっただろうか。
「半助さん、ごめんね」
 名無しさんが溜息を吐いて家に入ろうとした途端、頭の後ろで呆れたような声がした。
「こっちだ、名無しさん」
 一瞬で首まで赤くなった名無しさんは、到底、後ろを振り向けそうになかった。