告白2☆

「冗談はやめてください」

 雑渡さんは驚いたように眉を上げた。

「冗談? 本気だけど」

 私は雑渡さんの顔から目を逸らして、静かに首を横に振った。

 冗談にしておいてくれないだろうか。
 今、雑渡さんに告白をされても困ってしまう。だって、私には半助君がいる。
 
「本気なんだよ、手を出すチャンスは幾らでもあったけど、嫌われたくなくて今日まで我慢する程度にはね」
「私、からかわれてるんだと……」
「遊ぶなら余所でやる。会社の女の子に言い寄るなんて面倒なこと、本気じゃなきゃしないよ。それか、馬鹿なんだろうね」

 と言って不敵に笑う雑渡さんが、どこまで本気なのか計り兼ねる。
 ひとまず、密着している状況から抜け出したい。

「あの、雑渡さん……離してください」
「やだ」

 押し退けてここから逃げたいけれど、長い腕にがっしりと押さえつけられていて身動きが全くとれない。それでも必死に身を捩っていると、私の耳元で雑渡さんが小さく笑った。

「今日まで我慢したこと、褒めてくれないかな」

 鼻先で耳をくすぐられて、体が勝手に跳ねた。
 恥ずかしい。

 逃げることも隠れることもできなくて、涙が込み上がってきた。

「ざっ……と、さん」
 
 やんわりと、雑渡さんのスーツの胸を押すと、私を捕まえていた腕が、ぱっと解けた。

「ごめん」

 彼の顔を見ることができなくて、離れていくネクタイの柄を見つめる。
 瞬きを一つすると、目尻から涙がこぼれた。

「泣かせる気はなかった」

 頷く私の頬を伝う涙を、雑渡さんの指先がそっと拭った。

「ごめんね、名無しさんちゃん」

 暫くの沈黙の後、雑渡さんが口を開いた。

「仕方ない」

 それはどう考えても独り言だったので、私はそのまま黙っていた。

 雑渡さんはスーツの乱れを直すと、天井を仰ぎ見て、少し考えるような仕草をした。
 何をしているんだろう、と思った途端、彼は普段通りの口調で私の名を呼んだ。

「とにかく、返事はもう暫く待つよ」

 仕事の話をするかのような冷静な口調に、私はつい「分かりました」と答えそうになったれども、慌てて首を振った。

「待つって言われても……私、付き合ってる人がいるんですよ、返事なんて決まってるじゃないですか」
「覚えてない? 前に言ったはずだよ。恋人がいても諦める気はないから、って」

 覚えてはいる。
 だからといって、何が変わるわけでもない。寧ろ、雑渡さんに態度を改めてほしい。

 私のことなんか、放っておいてくれればいいのに。

 唇を噛みしめながら、床を見た。
 今は半助君ときりちゃんと、クリスマスの件で一杯一杯だ。これ以上ややこしいことになったら、私の頭では考えきれないし、考えたくもない。

 それに、好きって気持ちが何なのか、よく分からなくなってしまっている。
 
「名無しさんちゃん」

 呼ばれて顔を上げると、雑渡さんはいつの間にかドアの前に立っていた。

「そろそろ仕事に戻るよ」
「……はい」
「名無しさんちゃん。早く彼氏と別れて、私のところにおいで」

 にやり、と雑渡さんは悪戯っぽく笑う。そして、ひらひらと中折れ帽を振って部屋を出ていった。

 ようやく編集部にひとりきり。
 そう考えたら、思わず大きな溜息が出た。

 デスクの上に置いた、パンの入った袋を指先でつつく。
 この美味しそうなパンたちは、単純に雑渡さんの優しさなのか、下心なのか、少しも分からない。

 分かるのは、もう雑渡さんに甘えてはいけないということだ。

 あれほどはっきり告白されるとは、夢にも思わなかった。
 信じられないという思いと、とうとうこの日が来てしまったという思いが入り乱れる。

 雑渡さんの気持ちがはっきり分かった安心感と、応えられない申し訳なさと寂しさ。
 黙っていてくれたらよかったのに。そうすれば、何も変わらずにいられた。考えて悩む必要もない。

 雑渡さんのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないけれど、私が好きなのは半助君だ。

 そう、私には喧嘩中の恋人がいる。

 彼はまだ、私を想ってくれているのだろうか。

NEXT