毎日鏡で見ていた自分の顔を、直接見ている不思議。
客観的に見てみると、これまで似合うと思っていたメイクは自分にはあまり似合ってないようで、すごく恥ずかしくなった。
でも、今日はもう仕方がない。中身は私じゃないし、いいや。
控えめにチークを入れると、土井さんが身じろぎした。
「すみません、くすぐったかったですか?」
謝りながら、手は遠慮なく動かす。
中身が男だからって、すっぴんで出社させるわけにはいかない。
「メイク……化粧、慣れませんよね……でも、我慢してくださいね」
ああ、メイク直しのやり方を昨日教えなかったのは失敗した。そう考えながら、ポーチの口を閉じる。
「大丈夫です、女装の経験はありますから」
「……そういう趣味の方なんですか?」
「えっ?」
「えっ? あ、いえ……すみません」
土井さんの発言に動揺しながら、それでも何か言おうとして質問を思い切り間違えた。
「ち、違いますよ、決してそういう趣味があるわけではないんです」
急に必死になるのが怪しい。
改めて目の前の鏡で見ても土井さんは華奢ではないし、中性的な雰囲気でもない。顔立ち的にはセーフだけど、体型はどう見たって男だ。
これで女装は結構やばい。
「あはは、いいですよ、別に」
露骨な乾いた笑い。これ以上は知りたくないという意思表示のつもりだったのに、土井さんはムキになっているようだ。
「いいえ、誤解されては困ります! 女装が好きなのは山田先生で……私は正直、伝子さんには迷惑してるんです!」
山田先生と伝子さんって誰ですか。
女装が好きってことは山田先生は男で、伝子さんってもしかして恋人かな。でも恋人に迷惑してるっていうのはおかしいよね。あれ、山田先生の女装と伝子さんはどういう関係だろう。
興味深いけど、知らない方が幸せかもしれない。
ありがたいことに時計が指す時間が遅刻ギリギリだ。
「土井さん! 時間です! 遅刻しちゃいます!」
わざとらしい声を出すと、土井さんは慌てて荷物を掴んで立ち上がった。
「それはまずい」
「本当に、会社まで一緒に行かなくて平気ですか?」
「大丈夫です。任せてください。名無しさんさんに恥をかかせるようなことは、絶対にしませんから」
自分の姿で自信たっぷりにそう言われても不安だ。私、今までの人生でそんなこと言ったことないし。
「いってきます」
「いってらっしゃい。よろしくお願いします」
手を振って見送り、ドアを閉めた。
部屋に戻ると鏡に映った姿が目に入る。身体はもちろん土井さんのものだ。
何度見てもこの髪はすごいというか、酷い。昨日は髪を洗うのにめちゃくちゃ苦労した。そして乾かすのも大変だった。ドライヤーの無い時代でよく生活できるな、と思うほどだ。
ぼさぼさの髪にスウェット。これじゃあまるでヒモだ。
着るものがないから服でも買いに行こうかな。下着も買わないといけない。
実は今、スウェット一枚しか穿いていない。
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