川を越えて

 川向こうに高校が見える。
 鈍い灰色の空の下、雪の溶け残る河原に私は独り佇んでいた。
 向こう側は、近くて遠い世界だ。当たり前に通っていた校舎も中庭も、今では許可なしには入ることができない。その事実が、私はもうあの世界の住人ではないのだということを突きつける。
 解放感と寂しさとが綯い交ぜになった感情が、静かに流れていく。
 ほんの数年前に教室の窓から眺めていた景色の中に自分がいるのは、どこか妙な気分だ。
 冬の寂しげな暗いトーンの風景に、私のベージュのコートは馴染んでいるだろうか。足下の薄い影を見つめながら、ポケットの中の使い捨てカイロを握った。
 寒風が吹いて、教室の窓際に置かれたセントラルヒーティングのラジエーターが出す熱が懐かしくなる。
 土井先生の授業が懐かしい。
 懐かしいけれど、戻りたいわけではない。
 鐘が鳴った。私の在学中から変わっていなければ、5時限目の始まりを告げるものだろう。
 あの校舎のどこかに土井先生がいると思うと、酷くロマンチックな気分になる。授業があるのだろうか、それとも職員室にいるだろうか。
 何十も並ぶ窓。どれかひとつが開いて、その先に土井先生の姿が見えたとしたら。
 運命だと思ってもいいだろうか。
 どのくらいの間、薄汚れた校舎を見つめていただろう。
当然ながら、窓はひとつも開かない。自分自身に呆れて、思わず小さく噴き出した。馬鹿馬鹿しい。でも、くだらない妄想に縋りたくもあった。
 校舎を背に、できるだけぬかるみを避けて、来た道を戻る。靴の裏に感じるアスファルトの感触にほっとしながら、校舎を振り返った。
 今夜、土井先生と会う。そして、私は告白をする。
 偶然に午後の時間が空いたので、覚悟を決めるためにここへ来た。けれども河原を歩いていて分かったのは、既に決心がついていたからこそ、ここへ来られたのだということだった。

 1995円。最近は文庫ばかりを買っていたので、本一冊にしてはなかなかの出費だ。
 財布を鞄に入れて顔を上げると、書店へと繋がる通路に立っている土井先生を見つけた。
 正確には、私を見ている先生と目が合った。
「土井先生」
 黒のコート姿の土井先生に駆け寄る。
 コートに手提げ鞄ということは、今日の交通手段はバスなのだろう。バイクにはダウンジャケット、バスならコートだと、いつの間にか分かるようになってしまったことが、なんだかくすぐったい。
 土井先生は柔らかく笑う。
「何を買ったんだ?」
「先生にお借りした本と同じ作者の短編集です……復刊したやつ」
 そう言うと、土井先生が僅かに眉を上げた。
「へぇ……復刊してたのか。私も買おうかな」
 貸しましょうか、と言いかけて口を噤んだ。
 この後の展開次第では、もう会うこともない。先生に振られて、ただの趣味友達のような関係でいる自信なんかない。
 私の胸の内など知らない先生は、普段通りの優しい笑みを湛えている。
「どうする? コーヒーでも飲もうか?」
 先生の言葉に、私は小さく首を振った。
「少し、歩きたいです。寒いけど……いいですか?」
「構わないよ。行こう」
 エスカレーターを降りてすぐに「どっち?」と先生に表情だけで尋ねられた。アーケード側ではなく、オフィスビルの多い通りに面した出入り口へと踏み出すと、先生はすぐに私の隣に並んだ。
 ビルを出ると、人通りはまばらだった。
 これはチャンスだ。そう思って足を止めた私を、土井先生は振り返る。
「苗字?」
 大きく息を吸って、頭を下げた。
「この間はすみませんでした。勝手に帰ったりして、本当にごめんなさい!」
 会ったらまず謝ろうと決めていた。
「苗字……」
 土井先生の手が、私の肩を押し上げて上体を起こす。
 先生の浮かべる表情は戸惑いだろうか。彼は早い瞬きを何度か繰り返し、溜息をひとつ吐いた。
「それはこちらの台詞だよ。苗字との待ち合わせに遅れたあげく、利吉くんと一時間も話し込んでしまって……苗字が怒るのも当然だ。申し訳ないことをした」
 先生の真剣な表情と、近い距離にどぎまぎしながら口を開く。
「怒ったわけじゃないんです……」
 嫉妬したとは到底言えない。言い訳以外の言葉を探すと、残っているのはやはり謝罪しかなかった。
「でも……本当に、この間はすみませんでした」
「埒が明かないな」
 不意に冗談めかした口調で言って、先生は困ったように笑った。
「今回は引き分けにしよう。どちらも悪かった、ということでどうだろう?」
 明るい声につられるように私は頷いた。
「はい」
 ぽんぽん、と土井先生が私の肩を軽く叩いた。
 私たちは黙ったまま、殆ど同時に歩きだした。僅かに肩に残る熱を意識しながら、少しだけ早足で広場への道を行く。
 広場は、私がいつも利用するバス停のすぐ側にある。バス停への道を歩いていることに、土井先生は気付いているはずだ。
 どう思っているのだろう。
 隣を歩く土井先生の気持ちは、私にはこれっぽっちも分からない。先生は、私のことをどう思っているのだろう。私たちは、教師と卒業生以外の何かになれるのだろうか。
 分かるのは、彼は十字路や信号の手で少しだけ歩みを遅らせて、私に進路を任せてくれているということだけだ。

 いくつもの自動車のヘッドライトが、私たちを追い抜いては流れていく。そんな当たり前の光景から、あたかも自分だけが浮いているような感覚にとらわれる度に、土井先生の横顔を盗み見た。
 やっぱりコーヒーを飲みに行きましょう。その言葉をせき止めるために、幾度も唇を噛む。言うわけにはいかない。
 期待の何倍も不安が膨れ上がって、はち切れないのが不思議なくらいに、私の胸と頭を満たしていく。けれども、ここまできて逃げるのも怖かった。
 土井先生を好きだという気持ちが醜いものに変わってしまう前に、真っ直ぐに好きでいられるうちに伝えたい。
 そう考えながら、私の唯一の味方であるチョコレートの入った紙袋の持ち手を握り直した。
 見慣れたバス停の雨よけの下には、仕事帰りと思われる男女が数人立っている。その数十メートル手前を曲がり、広場に入った。
 この広場は美しくもなんともない。それなりに手入れされた木々の傍らにはぼんやりとした外灯が立ち、冬の間は水の流れていない小さな水路と、冷たい石のベンチがあるだけだ。とても殺風景な場所。
 でもここが、私が一世一代の告白に選んだ場所だった。
 妙にロマンチックな場所で、さりげなく告白をかわされるのは免れたかった。他人に邪魔されるのも、うまくいくかどうか分からない告白を聞かれるのも嫌だった。
 ここでなら、恥をかいても2人きりだ。
「苗字?」
 土井先生は訝しむような表情で、足を止めた私の顔を覗き込んだ。
 怪しむのは当然です。真冬にこんな何もないところに来たら、こいつは何を考えてるのかと思いますよね。心の中では軽くふざけた口調で独り言を言いながらも、緊張のあまり紙袋を持つ手に力が入った。
 私は勢いよく、紙袋を持った手を土井先生に向かって突き出した。
「あの、これ! バレンタインなので……チョコです!」
「あ、ああ……」
 先生は驚いたようで、ほんの少し仰け反ったが、すぐに笑顔になってそれを受け取ってくれた。
「ありがとう。嬉しいよ」
「土井先生、私……」
 先生のことが好きです。そう言いかけた瞬間、土井先生が大声を上げた。
「そうだ!」
 先生は慌てた様子で鞄を開き、中を探っている。
「危うく忘れるところだった」
 完全に出鼻を挫かれた私は半ば放心しつつ、土井先生の動きを見守るしかなかった。
 何を探しているんだろうか。鞄の中、けっこう汚いんだなぁ。
 先生が落としたレシートを拾い上げると、それと引き替えにするように本を手渡された。
「これが、苗字に借りた本。それと……」
 土井先生は文庫本の上に小さなパールホワイトの紙袋を置いた。紙袋のサイズは本の半分程度だ。
 これは何だろう。
 首を傾げながら先生を見上げると、はにかんだような笑顔が返ってくる。
「クリスマスプレゼント。遅くなってごめん。苗字には要らないと言われたけど、受け取ってくれないかな?」
「……ありがとう、ございます」
 驚きすぎて、呟くようにやっと言った。それを誤解したのか、土井先生の申し訳なさそうな声が聞こえた。
「すまん。やはり、見るからに潰れてるよな」
 言われてみると、紙袋は所々に妙な皺が寄っていて、押し潰されたような形跡も見える。明るい場所で見たなら、もっと酷いのかもしれない。
「昼間、うっかり荷物に座ってしまって……中身は大丈夫だと思うんだが。あっ、苗字に借りていた本はカバーを掛けていたし、全くの無傷だから」
 段々と慌てだす先生の様子がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
 告白のタイミングを逃したことは残念だけれど、またチャンスはあるだろう。無理に言い聞かせるわけでもなく、自然とそう思う。
 それよりも、先生からの初めてのプレゼントが嬉しくてたまらない。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ……先に言っておくけど、安物だからな」
 そう言う先生の頬が、少しだけ赤くなっているように見えた。光の加減だろうか。
 パールホワイトの袋から、小さな黒い箱を取り出す。どきどきしながら箱を開けると、銀色の光がこぼれた。
 大、中、小の銀の花が3つ並んで、それぞれ中央に無色透明の石、花弁には淡いピンクの石がはめ込まれている。
「……ペンダント?」
「好みじゃないかな」
 不安そうな土井先生の声に気付いて、首を横に振った。
「嬉しいです」
 そっとチェーンを指でなぞる。 今、つけてもいいですか。そう聞くのは気恥ずかしくて、開きかけた口を噤んだ。しかし、蓋を閉めてしまうのは勿体無い。
「その……よければ、つけてみてくれないか」
「……はい」
 土井先生の小さな声に、おずおずと返事をした。
 震える指でペンダントを箱から出そうとしていると、くすり、と先生が笑う気配がした。
 土井先生はすぐ側のベンチに荷物を置くと、私の手からペンダントを取り上げた。
「コートの首周り、少し開けてくれるか?」
 言いながら、先生は私の首の後ろに手をやった。チェーンの冷たさとは逆に、首筋に僅かに触れる土井先生の手は温かい。
 黒いコートが目の前に迫っている。土井先生の息が前髪を掠めても、私は凍ったように身じろぎできずにいる。
 これでも私の片想いなのだろうか。
 私が期待を込めて土井先生を見上げるより先に、鎖骨の少し上にペンダントの重みを残して、先生は私から遠ざかった。
 私は視線を下方に彷徨わせながら、空になった箱を紙袋に納めた。
 変じゃないだろうか。似合っていなくて、がっかりされていないだろうか。
 どうですか、似合ってますか。可愛らしくスマートに、せめて素直に訊ける性格ならよかったのに。
「可愛いよ」
 降ってきた言葉に思わず顔を上げると、はにかんだ笑顔の先生と目が合った。
 かっ、と頬が熱くなって、ありがとうございます、と私は早口で巻くし立てるように言った。
「大切にしますね」
「どういたしまして。寒いから……コート、直しなさい」
 急に教師の口調になった土井先生の言葉に従って、コートの襟を直す。

 パールホワイトの紙袋を入れた鞄の口を閉じたのと同時に、土井先生が独り言のように呟いた。
「今日、河原にいなかったか」
「え?」
 思わず聞き返した。先生は通りの向こうにあるビルの明かりを見ているようだった。
「5限目に、小テストをしたんだ。授業の始めに」
 土井先生は僅かに言い淀む。
「……教室が暑くて、窓を開けようとしたんだが……生徒が寒がるだろうから、テストが終わってからにしようと思ったんだ。だから……そのまま、なんとなく外を見てた」
 先生の言いたいことが分からずに、私は黙って先生の横顔を見つめる。土井先生は変わらず、遠くを見ている。
「気付いたら、河原に君と背格好のよく似た人がいた。テスト用紙を集めている間にいなくなっていたし、遠くて顔は見えなかったけど……私は、それが苗字だと思ったんだ」
 土井先生はゆっくりと目を伏せた。ふっ、と自嘲気味に笑ったかと思うと、再び口を開く。
「今日はそれからずっと、苗字を思い出してた。高校生の頃の君と、今の君」
 土井先生は真っ直ぐに私を見た。私も同じように先生を見返して言った。
「それ、私です」
 努めて静かな口調で言ったが、私は動揺していた。あの時、土井先生は私を見つけていた。視線を交わすことはなかったけれど、私たちは川を挟んで確かに向かい合っていたのだ。
 先生は私の言葉に驚く風でもなく、分かっていたというように静かに目を細めた。
「授業、さぼったのか?」
「休講になったんです」
「そうか」
 柔らかく言うと、土井先生は一歩後ろに下がった。
「そのコート、離れてる方が明るく見えるな。本屋でも思ったけど、見つけやすい」
「……ただのベージュですよ?」
 私はコートの裾を摘んでおどけてみせた。気を抜いたら泣いてしまいそうだった。
「そうかな?」
 と言う土井先生が、私を見たまま眩しそうな表情をしたので、どきりとした。
 味気ない広場でふたりきり。でも、私には世界一綺麗な場所で、魔法が時を止めているように思えた。ずっと言えなかった言葉が、今ならきっと自然に伝えられる。そう考えて、ゆっくりと息を吸う。
 突然、通りでクラクションが鳴り、私たちは弾かれるようにそちらに顔を向けた。右折しようとした車が、直進の車に鳴らされたようだった。
 魔法の空気はすっかり消え去って、古びた外灯が現実と私たちを薄ぼんやりと照らしていた。
 そういえば、と土井先生が気を取り直すように言った。
「本、まだ貸してなかったな」
「先生、私……本を持ってきてないんです。だから今日は、借りていた本だけ返します」
 わざと持ってこなかった。どのタイミングで告白できるか分からなかったので、本の貸し借りはしたくなかった。振られた場合、次に会う約束ができてしまうのも、その場でまた本のやりとりをするのも、想像するだけで気まずい。
 借りた本を返してお礼を言った。土井先生はそれを鞄にしまうと、別の文庫本を取り出した。
「別に毎回交換しなくてもいいんだから」
「あの……さっき買ったやつがあるので……課題も多くて、読めそうにないし……すみません」
「返すのはいつでも構わないから」
 返事をせず、頷きもしない私に本を差し出したまま、土井先生は戸惑っている。
「もしかして」
 次の言葉は無いのかと思うほどの間があった。
「もう、私と会いたくないか?」
 私は黙って首を横に振った。
 先生が本を鞄にしまっている間、私は下を向いていた。告白のきっかけになりそうな言葉を探しても、何も出てこない。やっぱり、想像通りにはいかないものだ。

 帰ろうか、と先生は時計を見ながら言った。
「あと4分くらいで苗字の乗るバスが来るから、丁度いいだろう?」
 はい、と答えながら、歩きだした土井先生の後を追う。
 先生は怒ってしまっただろうか。いつもより少し早い歩調に気付いて、不安になった。
 土井先生のコートの袖を引いて、こちらを振り向かせることができるならどんなにいいだろう。でもそれは、告白よりもずっと難しい。
 広場を出たすぐ目の前に、横断歩道がある。
 私はこちら側のバス停、先生は向かい側のバス停からバスに乗るので、今日はここで別れることになる。
 歩行者用の信号が青に変わって、信号待ちをしていた人たちが歩き出した。
「じゃあ、また」
 メールする、といつもと同じ笑顔で言って、土井先生は横断歩道を渡っていく。
 私は信号機の隣に立ったまま、遠くなる背中を見つめた。先生が白線を越える度に、黒いコートの裾が揺れる。
 あと一歩で、先生は横断歩道を渡り終える。
「土井先生」
 振り向いて。
 呟いた次の瞬間、振り返った土井先生と目が合った。
 聞こえるはずはないけれど、届いたのだと確信した。河原にいた私を、先生が見つけたのと同じように。
 信号が赤に変わり、走り出した車が川になって私と先生を隔てた。
 私たちはどちらも微動だにせず、微笑みもせず、ただ見つめ合っていた。
 こちら側のバス停に、バスが停車した気配がした。アナウンスは、それが私が乗る予定のバスだと告げる。ほんの少し走れば、充分に間に合う距離にいる。
 確か、次のバスは40分後だ。
 どうしよう、走ろうかな。
 逡巡しながらも、私はやはり土井先生から目を離せずにいた。
 視界の端で、正面の信号が青に変わったのが分かった。
 どうすべきか考え直すより早く、私は走り出していた。
 低いヒールで夜の冷たい空気を踏みしめる度、土井先生との間にある白線が減っていく。
「苗字」
 勢いよく歩道に上がって、少しだけバランスを崩した私を支えようと、土井先生は腕を差し出した。私は彼のコートの袖を掴んだ。
 息を切らせたまま、顔を上げる。
「ごめんなさいっ、先生……」
 真っ直ぐな瞳で私を見ている土井先生に言う。
「好きです」
 白い息が震えた。
 見開かれた先生の瞳が、僅かに揺らいだ。
 先生の肩越しにビルの明かりが見えた。それもすぐに消え、今は黒いコートの胸元から覗くジャケットと、青いストライプのシャツが私の視界を埋めている。
 抱き締められていると気付いたのは、土井先生が大きく息をした時だった。私の頬の下で、先生の胸が上下する。
 先生の胸にすっぽりと収まった私は、抜け殻のようだった。伝えてしまった気持ちが私の全てだったかのように、何も残っていない。どろどろした醜いものは、どこかへ消えていた。
 土井先生の長い腕に囚われているのは、心地よくてすごく安心する。好きな人に抱き締められていて、どきどきしないなんて妙だけれど、こうしていることが不思議と自然に思えた。正しい場所に収まっているみたいだ。
 どのくらいそうしていただろう。
 不意に、先生の手が私の肩を掴んだ。
 ゆっくりと私たちの体が離れると、目の前には、私の知らない土井先生がいた。真剣な表情で、どこか苦しそうに私を見ている。
 先生は一度視線を落とし、すぐにまた私と視線を合わせた。
「苗字……」
 土井先生が困惑しているのは明らかだった。
「返事は、少し待ってくれないか」
「……はい」
 様々な可能性と複雑な考えが、私の頭を駆け抜けたけれど、否が応でもそう答えるしかなかった。
 それでも、ほっとした表情の土井先生を見て、私も安心した。
「ありがとう」
 と土井先生は言う。
 先生は小さく何度か頷いて、もう一度静かに「ありがとう」と言った。
「やっぱり……本、貸してください」
 私は、思い切ってそう言った。
 会う口実を作っておきたかったし、告白は済んで、まだ振られたわけではないのだから、本を借りない理由はもうない。
 見慣れた笑顔で土井先生が差し出す本を、私も笑顔で受け取った。
「……ありがとうございます」
 好きです、と再び告げるようにそう言った。
 次に先生に会うのは、いつになるだろう。いや、それよりも、次のバスまでの40分をどう過ごそうか。
「そこの店で、コーヒーでも飲もうか」
 私の考えを見透かしたように、でも少しだけ気まずそうに、土井先生はそう言った。