満開の桜の下を歩くのは、これまでの人生で何百回と繰り返してきたことのように思えた。だが数えてみれば、迎えた春はまだ30にも満たないのだった。
名無しさんは空を見上げた。
僅かに霞がかった青い空を背景に、桜の花弁がひらひらと風に舞う。
これといった思い出などないはずだったが、桜を見ると懐かしい気持ちになった。そしてそれはいつも、寂しさ混じりの希望も共に運んでくる。
静かに目を閉じて、胸一杯に空気を吸い込むと、柔らかい、春の匂いがした。
「頑張らなきゃ」
そう呟いて目を開ける。
夢から覚めたような気持ちで足を踏み出すと、足下に落ちていた花弁が、ふわり、と舞った。