会社にて

 電話が鳴った。
 パソコンの画面から顔を上げると、編集部には私しかいない。バイトの諸泉君はどこ行ったんだ、と少々苛つきながら受話器を取る。

「お待たせいたしました。お電話ありがとうございます。タソガレドキ出版です」
「名無しさんちゃん、暇?」

 これは、ほぼ毎日、社内で聞く声だ。

「なんだ……雑渡さんですか」
「なんだ、って言い方はないでしょ」
「……外ですか?」
「いや、社内だよ」

 聞こえないように溜息を吐く。
 どうして雑渡さんは、いつもこうなんだろう。

「ちょっと、イタ電しないでくださいよ。私、仕事してるんですから」
「私だって仕事中だよ」
「何で仕事中の人が、わざわざ会社の電話に携帯から掛けてくるんですか。社内にいるのに」

 暇だったから、という声と共に背後のドアが開いた。
 やっぱり仕事してないじゃないですか。という言葉を飲み込みながら受話器を置いて振り返ると、視界は紙袋でいっぱいになった。

「頂きもののお菓子、みんなで食べて」
「……ありがとうございます」
「あれ?」

 雑渡さんは紙袋から手を離すと、わざとらしく首を傾げた。

「ご機嫌斜めかな?」
「え?」

 雑渡さんはくすくす笑いながら、隣のデスクから引っ張ってきた椅子に腰掛ける。

「何かあった?」
 
 と、尋ねながら、雑渡さんは私の後ろにちらっと視線を動かした。あるのはパソコンの画面だ。

「仕事……じゃなさそうだね。プライベートで困り事でもあるの?」

 クリスマスイブに彼氏と会えそうにないんです。なんて言えない。
 大体、お礼を言ったのに機嫌が悪いと思われるって、どいういうことなんだろう。職場での態度には気を付けているのに。

「相談に乗ろうか?」
「結構です」
「無料だよ?」

 からかうように言って、雑渡さんは笑う。
 私がここに入社したときから、雑渡さんは何かと私に構う。
 お菓子をくれたり、ランチに誘われたり、飲み会でいつの間にか隣にいたり、寝不足や体調不良を見抜いてきたり。用事もないのに絡んでくることが一番多いけど。
 それなのに、私を特別扱いをしていると周りに悟られないように振る舞っている。
 私も全く気付いていなかった、自己申告されるまでは。

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