喧嘩1

 半助君と一緒に、冷たい夜風も私の部屋へと入ってきた。

「電話するの遅くなっちゃって、ごめんね」
「いや、どうせ仕事をしていたから。こっちこそ平日にごめん」

 半助君は言いながら、内鍵をかけた。
 もう23時になる。
 昨日はきりちゃんと買い物に行ったせいもあり、仕事が思ったよりも捗らなかった。そのうえ、今日も取材で遠出。そんなわけで、予想していたよりも帰るのが遅くなった。

「半助君、ごはん食べた? 何か食べる?」
「何もいらないよ。さっき、うどんを食べた」

 小さく笑って、半助君は炬燵に入る。
 疲れ顔の彼に掛ける言葉を探したけれど、ふさわしいものが見つからない。

「何か飲む?」

 仕方なくそう口に出してみると、半助君は困ったような笑顔で首を振った。そして、静かに溜息を一つ吐く。
 それだけで、半助君が何の話をするつもりか、分かってしまった。

「やっぱり24日は無理そうだ……25日に会議があって、その準備で遅くなりそうだから。あと委員会の顧問の方でも色々とやることがあるんだ。年末だから慌ただしくて……すまん」

 結局、この間と何も変わらない。半助君は「クリスマスには会えない」と、私に伝えるためだけに来たのだろうか。

「その代わり、23なら大丈夫なんだが」
 
 どうかな、という半助君の表情が、私を無性に苛立たせる。

「23日は無理」
「でも、祝日だろう?」
「そうだけど、取材入ってるから」

 不貞腐れた口調になったけれど、純然たる事実だ。
 先輩と一緒に出掛ける予定で、遠方なので半日がかりになりそうだ、と話している。
 勿論、仕事の後に会うことはできる。
 でも何故だかそうしたくない。
 終わるのが何時になるか分からないから、次の日も仕事なので夜はゆっくりしたいから、少しの時間しか会えないから。
 口にしようとする理由はどれも嘘くさくて、私は炬燵掛けを両手できつく掴んだ。

 うーん、と半助君が困ったように唸った。

「じゃあ、24日の遅くでもいいなら。いつも通り部屋で会うだけになるけれど」
「いいよ、もう」

 投げやりな私の声が、部屋に響いた。
 半助君は咎めるように、けれどもとても優しく、私の名前を呼ぶ。

「名無しさん」
「もういい。クリスマスなんて、ただのイベントだし」
「そんな言い方をすることないだろう……」
「クリスマスなんて、どうでもいい!」

 思わず怒鳴った私を見て、半助君は溜息を吐いた。
 そして彼は額を覆うように天板に肘を着いた手に凭れ掛かり、目を瞑った。

「名無しさん、いい加減にしてくれ」 
「何それ」

 苛立ちのあまり、私は小さく笑ってしまった。半助君はそれを気にする様子もなく、静かに続ける。

「お前が気にしているのは、本当はクリスマスじゃなくて、あのことなんだろう」
「あのことって、何?」

 聞き返すまでもない。
 あの男に振られた日のこと、あの恋が私の独り相撲だったということ。
 だから、クリスマスが怖いこと。
 そこまで分かっていながら、半助君が何も言ってくれないのは何故なのだろう。
 クリスマスがどうでもいいのは本当だ。だって、私が一年で一番嫌いな日なのだから、クリスマスらしく過ごすかどうかなんて本当は大したことではない。
 でも独りは嫌だ。誰かと一緒にいたい、できれば半助君と。そして、大丈夫だと言ってほしい。半助君が一番大切に思っているのは私で、ずっと一緒にいるから安心しろと言ってほしい。
 そう言ってもらえるだけの価値が、自分にあるのだと思っていたい。半助君が私を好きでいてくれると、実感したい。
 クリスマスを一緒に過ごしたいのは、半助君に大事にされていると感じたいからだ。
 自分の望みに気付いてしまい、私は居たたまれなくなった。

「コンビニ行ってくる」

 努めて静かにそう言って、私は炬燵から出た。

「1人でいい」

 立ち上がりかけた半助君を無理矢理に炬燵に押し留めて、急いで彼に背を向けた。
 私が何も言われたくないと思っているのを察しているのか、半助君自身が黙っていたいと考えているのかは分からないが、彼は口を開かなかった。
 私はコートに袖を通すと、携帯と財布を手にして足早に部屋を出た。
 コートのボタンを留めながら階段を下りていると、わざと乱暴に閉めたドアと、残してきた半助君に罪悪感を覚えた。

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