忙しさのせいか、半助君と会ったのがもう何ヶ月も前に思えるが、実際はほんの数日前だ。
職場は今、修羅場といってもいい状況だ。キーボードを打つ音と、走り回る音、そして切羽詰まった声で編集部は満ちている。
私の担当しているページは全て既にできあがっていて、現在の作業は後輩の手伝いだ。そして、それも残り半ページ程。
今月は多少は余裕を持って入稿できそうだ。
データを保存し、溜息を一つ。ついでに軽く伸びをしたところで、デスクの端に置いていた携帯が鳴った。
忙しいのに。そう思いながら目をやると、画面に並んでいるのは「土井半助」という文字で、私は躊躇いながらも携帯へと手を伸ばした。
自分が本来担当している仕事は終わっているのだから、少しくらいはいいだろう。
罪悪感と共に、そそくさと廊下に出た。
「もしもし、どうしたの?」
息抜きがてらに発した問いに、切迫した声が返ってきた。
「きり丸に会わなかったか?」
「え、きりちゃん?」
どういう意味だろうか。
仕事に関するあれこれを頭の隅に追いやって、私はきりちゃんの顔を思い浮かべた。
半助君が言っているのは、この間、買い物に行った件だろうか、それともその前日のことだろうか。
いや、今日の話か。今日は会っていない。
背後のドアからは、諸泉君の焦りまくった声が聞こえるが、半助君から伝わる雰囲気はそれ以上のものだった。
「きり丸が戻らないんだ。何か知らないか?」
「寮に戻ってないの?」
「鞄はあるから一度戻ったみたいなんだが……誰も行き先を知らないんだ」
「会ってない。っていうか私、まだ職場で……今日、入稿だから……」
「そうか、邪魔してをしてすまん」
「ううん……」
ドアの隙間から顔だけを中に入れ、時計を見た。もうすぐ10時になる。
「あの、中等部は? 委員会の先輩とか……」
「もうあたってみた」
「そうだよね」
「……忙しいのに仕事の邪魔をしてすまん。仕事に戻ってくれ、私もまたきり丸を探しに行く」
通話が終わる寸前に、山田先生の声が聞こえた。半助君程ではないにしろ、やはり緊迫した口調から分かったのは、こちらのそれとはまた違う慌ただしさと混乱。
明かりの消えた携帯を両手で握り締め、私はドアの前に佇んでいた。
きりちゃんに何があったのだろう。
交通事故の渋滞のせいで、出先で足止めでもされているのだろうか。このご時世だ、誘拐や物騒な事件に巻き込まれたなんてことも、ないとは言い切れない。
真剣に考えれば考えるほど、ぞっとするような内容ばかりが浮かんでくる。
このタイミングでなければ、すぐに帰宅して私もきりちゃんを探すのに。とにかく、私は仕事に戻ろう。
ドアノブに手を伸ばし、固まった。
まさか。
鼓動が早く、大きくなっていく。
想像したのは陰惨な事件でも何でもない、極普通の情景だった。
きりちゃんは、私のアパートにいるかもしれない。私を待っている間に、炬燵で熟睡してしまったのかもしれない。そう、この間と同じように。
彼は携帯を持っていないし、私の部屋に固定電話はない。確認するには帰宅するしかないが、職場の状況を考えるとそんな余裕はないだろう。