結局、私と土井先生はファミレスに入った。
ぎこちない会話を交わしながらメニューを見て、注文したのはオムライスだった。
別にオムライスが食べたいわけではなかったのだけれど、なんとなく流れでそうなった。多分、土井先生も同じように思っているだろう。
気まずい、というには大分和やかな沈黙の中でオムライスを食べている。
付き合うことになったのはつい先ほど。でも、こうやって向かい合って食事をするのは、初めてではない。それなのになんだか妙に気恥ずかしくて、本の話も大学や仕事の話もできずにいる。
どうしようかな、と思っていると「そういえば」と土井先生が唐突に口を開いた。
顔を上げると、先生は困り顔で私を見ていた。
「お返し、買ってないんだ」
「え?」
聞き返すと、むせそうになった。
慌てて、ウーロン茶を飲む。
大丈夫か、と言いながら、先生はスプーンを皿に置いて、椅子にもたれ掛かった。
「ホワイトデーのお返し。何も買ってないんだ」
ああ、と呟いて私は先生に小さく首を振った。
「別にいらないですよ、お返しなんて。先生、忙しいのに……会えただけで充分です」
「そう言わずに、そのうち一緒に買いに行こう」
なんとなく私の返事を予想していたように、土井先生は苦笑した。
先生の気持ちは嬉しいけれど、付き合えることになっただけで幸せで、今は特に欲しいものなんてない。そもそも先生にあげたチョコレートは大したものじゃなかったのだから、適当なお菓子で充分なのに。
オムライスを突いている土井先生に、そっと声を掛けた。
「先生」
土井先生が顔を上げる前に、早口で続ける。
「お返しの代わりに苗字じゃなくて名前で呼んでほしいです。つ、つ……」
「つ?」
不思議そうに問い返す土井先生の顔を見ていられずに、下を向いた。
「付き合うんだし……」
土井先生も下を向いたのが、視界の端に入った。
そうだな、と静かに言って、先生は言葉を続ける。
「じゃあ、私のことも名前で」
「それは追々」
先生の言葉に被せるように言った。
「……どうして」
先生の声は不満そうだ。
「だって、お返しの代わりですから」
話は終わりです、というように私はオムライスを頬張った。
もう味なんか分からない。
「勝手にそんなこと決めるな。却下だ」
拗ねた口調でそう言ってすぐに、先生は呆れたように小さく笑った。
多分、私ではなく先生自身に呆れたのだと思う。
溜息の後に、優しい声が降ってきた。
「今度、一緒に選びに行こう……何か、名無しさんの気に入るようなもの」
「……はい」
顔を上げると、土井先生は照れくさそうに、困ったような笑みを浮かべていた。