小袖

「土井先生、何をされているんですかな?」
 伝蔵に声を掛けられて、半助は苦笑しながら顔を上げた。
「縫い物をちょっと」
 ちょっと、というには大きな布が広がっている。そして柄を見れば伝蔵には分かってしまうだろう。
「女物ですな」
「いやー……ははは」
 からかうように言われ、半助は照れた。
「つ、妻に……贈ろうかと」
 隠すほどのことでもないが、改めて口にするのは少々勇気がいる。
「名無しさんさんにベタ惚れじゃな」
「そ、そんなんじゃありませんよ」
 思わず出た半助の大声に、伝蔵は目を見開いた。
 話は終わったでしょう、と言わんばかりに半助は口を閉じると小袖を縫う手を動かすが、伝蔵は、にっ、と笑みを浮かべると口を開いた。
「わざわざ伊助に都合してもらった唐木綿でしょうが。それを仕事の合間に縫って……ベタ惚れ以外のなにものでもないぞ、半助」
 全部見透かされているのは分かっていたが、言葉にされるとやはり恥ずかしい。
「なかなか……帰れませんから。帰っても大したことはしてやれないですし……せめて、名無しさんに着物くらいは、と」
 言い訳になっているのだろうか。
 自分の耳が熱を帯びていることに気付かない振りをして、半助は縫い続ける。
「喜ぶといいですな」
「はい」
「というより」伝蔵の嘆息が部屋に響いた。「帰れる休みがあるといいんだが」
「確かに、そちらが先ですね」
 半助も手を止めて溜息を吐いた。
「わしは帰れんだろうなぁ」
「また奥様が学園にいらっしゃるんじゃないですか? 無理をしてでも帰られた方がいいですよ」
 先までの仕返しとばかりに、半助が言った。
「やはり、名無しさんさんも怒るのか?」
「怒りますよ、そりゃあ……喧嘩ばかりなので、うちのは元くノ一でなくて助かります」
「惚気か」
「ち、違いますよ」
 からかわれて赤くなった半助を笑って、伝蔵は布団に入った。
「妻の喜ぶ顔が見たいのは分かるが、夜更かしは程々にな」
「……はい」
 ゆらゆらと揺れる手元の影を見ながら、半助は名無しさんのことを思い浮かべた。
 愛しい妻は、もう眠りについただろうか。